1970年代 建築家の言説 40歳代_篠原一男

■1970年代における建築家の言説_40歳代_篠原一男

代表作のひとつ、から傘の家。1961年につくられた家ですが、現在もお住まいになられているのをある建築家の投稿で知りました。
積極的にその建築に住みたいという意志があってのことと思わずにはいられない。なにせ半世紀も過ぎているわけで。

鈴木さんに増して、作風や言説を表面的にぱっとみただけですと威圧的なイメージをもってしまいます。
上原通りの住宅(’76)の力強いコンクリートの方杖。そして、住宅は芸術である(’62)、都市の美はカオスにある、など独創的な言葉から。
ただ、良くみていくとそう演じていたのかもしれないと思えてきます。役者のように。

静岡県出身。はじめ数学を学ばれたけど、建築に転向して東工大へ。
日本の伝統を近代化させることをテーマにされた清家清を師事。

60年代から住宅を建築としてつくられた。主題は伝統の中の象徴性、非合理性。代表例が「から傘の家」
その後、伝統からどう抜けだすのか画策。主題は多様性。代表例が「上原通りの住宅」(※この前に別の変遷がありますがここでは割愛)

まだ建築を学ぶ前のこと。高校生の頃、東工大ってどうなところだろうかと個人的に見学しに行った。
そこで目にした東工大の100年記念館(’87)のインパクトは今でも残っている。こどもの記憶に届くものをつくりたい。

@amarnyo  
建築・アート・風景を中心に日々の思考を記録しています
その思いが建築設計とどう結びついていくのかご覧いただけたら幸いです
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追記:
第二次世界大戦後、アメリカの支配化にあって日本の伝統を公にするのはタブーであったと思います。
それがどの程度の期間影響していたのか勉強不足でよくわかっていないけど、
難しい時代のなかで日本の伝統に目を向けてらっしゃいました。丹下さんなど上の世代はともかくとして。